ナビゲーションを読み飛ばす

上越市議会インターネット中継

文字サイズ

録画中継

会議の録画映像をご覧いただけます。

  • 令和8年6月会議 6月22日 本会議 一般質問
  • みらい  牧井 邦生 議員
1 謙信公時代の越後府中の政治的、文化的価値のプロモーション施策について
(1) 市内国府にある愛宕神社は、謙信公が春日山から移して創建し、出陣の前には必ず祈願した神社であると伝わる。江戸時代、幕府や徳川将軍からも厚く扱われたと記録が残るが、謙信公存命時の政治状況を踏まえて検討すれば、これは鎌倉の鶴岡八幡宮を踏まえて建設された建物であることが一目瞭然だと思われる。武士の時代が始まった鎌倉と照らし合わせて考えれば、居多ヶ浜、越後一宮の居多神社、親鸞聖人にまつわる各種建築物と一体となって、全国的な文化的価値を有するエリアを構成していると思われるが、市はこの価値をどのように考えるか。
(2) 2009年大河ドラマの主人公、直江兼続は兜に「愛」の字をつけているが、この「愛」は愛宕神社から取ったというのが最近の主流であり、全国にPRできる価値があると思われるが、そのエピソードについて、市ではプロモーションしていないことから、愛宕神社を積極的にPRする考えはないか。
(3) 江戸時代、越後府中を通って春日山城入口の麓を横切り高田を南下する北国街道があり、これは大名行列のルートとしても重要視された。この道を実際に歩き、高田城周辺の道路と合わせて考えてみても、高田城の設計思想を踏まえて考えてみても、謙信公由来の越後高田の威容を伝えるために街道を歩く人に「山」を見せつけることが意図されていたことが明らかと思われる。その眺望や景観を取り戻すために、加賀街道の国道8号から北陸自動車道までの区間の無電柱化や往時の松の植樹を実践すべきでないか。
2 「風、薫る」と合わせてのプロモーションと、倶利伽羅不動尊御旗の文化財指定について
(1) 幕末から明治にかけての幕府や明治政府による高田藩の扱いを踏まえると、「倶利伽羅不動尊御旗」は「アスクレピオスの杖」に見立てていたのではないか、と歴史を生業としている方から示唆いただいた。アスクレピオスは「西洋医学の父」ヒポクラテスに医術を教えた「医の神」であり、その杖は医療・医術のシンボルとして、現代でもWHO(世界保健機関)のマークに採用されている。現在、「風、薫る」が放映されていて、上越の医療・看護に対する関心を高めやすい時期でもあることから、以下2点について聞きたい。
 ア 「倶利伽羅不動尊御旗」は高田だけでなく、日本の歴史や東京の歴史を説明する資料としての価値を持ち、国の重要文化財になってもおかしくない価値を有するので、いち早く市の文化財に指定してはどうか。
 イ 文化財指定に向けた取り組みと時期を同じくして、「風、薫る」の一層のプロモーションに力を入れてはどうか。